こんにちは。
ケイコです。
イチさんに引き続き、今日は私も自己紹介をしようと思います。
少し長くなりますが、よければ最後まで読んでやってください。
生い立ち
出身は山の中の田舎で、冬は寒さが厳しく雪もよく降るところで育ちました。
子供のころから感受性が強かったことも影響して、ネガティブペアレンティングを受けた経験をとてもつらく感じてしまい、中学を卒業して寮のある私立女子高校へ入学。
勉強以外にも突き抜けた生き方をする同級生たちと、それを深い懐で受け入れる自由な校風のカトリック系ミッションスクール。
そんな環境に身を置き、少しずつ自我が解放されていったような気がします。
大学に入ってからは一人暮らしを始めて、完全に自分を解放して自由を謳歌。
祖父の生まれ育った場所をみてみたい…という非常にふんわりとした思い付きによってカナダに1年ほど留学してみたりもしました。
雰囲気は、とてものんびりしていてふんわりしている感じに見られがちなのですが、突拍子のない行動をするケイコ。
かなり大胆不敵ですが、その実は、想像力が人より少し足りないというところ。
そして忘れっぽいところがあるので、過去の教訓も忘れがち。
でもだからこそ色んなことに挑戦できるんだ。とポジティブに考えることにしています。
感受性が強くて、ちょっと荒っぽいところもあり、物忘れが少し激しい。
私という人間の性質は簡単にはこんな感じでしょうか。
料理と仕事について
今の仕事について
普段は和食料理屋の台所で働いていて、これが現在のメインの仕事です。
肩書を聞かれたら、家庭料理家と答えます。
生粋の食いしん坊です。
美味しいものを食べることが大好きです。
料理を作るのが好きというよりも、食べることのほうが好きです。
「人が作ってくれたゴハンって本当最高!」と思っているタイプです。
でも現実は、毎日私のために美味しいゴハンを作ってくれる人はいません。
生活圏内に、自分好みのゴハンを気軽に食べられるところも売っているところもありません。
(あったら多分、私は料理をしないで生きていたかもしれない。)
だから、自分が食べたいと思うものを自分でつくりだしているだけ。
私は料理が抜きん出て上手とも思っていませんし、センスがあるとも思いません。
でもシンプルな家庭料理を食べると落ち着きます。
高級食材を使った特別な料理は、食べる人の心と身体を強く刺激します。
だからこそ、それが続くと疲れてしまうのです。
誰もが家に帰りたくなるのは、安心できる場所だから。
だから、ハレの日よりもずっと多いケの日の食卓を私は大切に考えています。
落ち着ける食卓がいつも家に帰るとある、というのはとても贅沢なこと。
そんなことを思いながら日々粛々と台所に立っています。
家庭料理は家族の心と身体が健やかであるように色んなことを考えて作ります。
でも私には料理を頑張らない日がたくさんあります。
というか、頑張らないことのほうが多いかもしれません。
私も家族の一人であり心と身体が健やかであることがイチバン大切だからです。
家庭料理人の仕事は、料理をつくることだけではないと思っています。
食卓の風景をデザインすることも大切にしています。
食事をするとき、私たちは味覚だけでなく五感すべてを使っているからです。
私は、家庭の中で食をつくりだすすべてのひとが家庭料理人だと思っています。
あまり目立たない、それでいて崇高な、命を紡いで「食卓」をつくる仕事です。
だから、沢山の家庭料理人に知ってほしいと思うシンプルで大切なことがたくさんあります。
頑張らなくても、食材や調味料をきちんと選んだり、少しの工夫をしたりするだけで美味しい料理は作れます。
ブログでも簡単な料理の記事を書いていこうと思いますので、参考にしていただいて作ってもらえたらとても嬉しいなと思います。
過去の仕事について
あと、私が料理を仕事として始めたのは今のオットと一緒になってから。
つい最近のことになります。
大学を卒業してからは看護師として大病院の救命救急センターで働いたりもしていました。
最初に結婚した夫の最期をそこで看取って、私の看護師としての仕事はいったん終わりにしました。
まだ赤ん坊だった下の男の子と、言葉が少し出るくらいだった上の女の子を育てながら、自治体の保健師をしていた時期もありました。
看護師として病気を抱える患者さんとの関わりや、保健師として地域社会で困難を抱えて生きる人との関りは、私に色々と考える機会を与えてくれました。
もちろん最初の夫の身に起こったこともそうです。
地球上に食べない人は一人もいません。
看護師や保健師という立場ではなくて、食を通して心身の健康を考えていくほうが、私にとってしっくりくるのではないかと思い始めたのもこの頃だったような気がします。
燃え尽きみたいな感覚も、もしかしたらあったのかもしれませんね。
今の私の夢は、このころの体験がきっかけになっているのだと思います。
家族について
今の家族について
トップページのプロフィールにも書いていますが、我が家は4人家族で、女の子と男の子が一人ずついます。
女の子はおませさんでしっかり者のおねえちゃん。男の子はちょっと几帳面なところもあるけど、どこまでもやんちゃ。
毎日、無条件に親を受け入れて愛してくれる可愛いコドモタチです。
私は、数年前にオットのイチさんが住んでいる町に、引っ越してお嫁入りしました。
海外だとこういうのは、ステップファミリーって言いますね。
コドモたちはお父さんのイチさんが大好きです。
イチさんも、知らない人に「コドモさん、お父さんにそっくりですね!」とか言われてしまうレベルで完全にお父さんです。
家族になるまで
私とイチさんが出会ったあたりの事も簡単に書きます。
イチさんは、関西から今住んでいる田舎町に林業をするために移住してきていました。
私はその隣の隣の隣の田舎町あたりに住んでいたのですが、縁あって出会いました。
出会ってから一緒になるまではとても早かったです。
イチさんの第一印象は、関西弁すごい。
だったかな。あまり覚えていません。
とにかくたくさん話をしました。
そのせいか、ずいぶんと昔から知っていたような感覚になりました。
イチさんの凄いなと思ったところは、相手の気持ちや感情・思考を少ない情報からでも推察・整理して的確に言語化する能力がとても高いところ。
一緒にいて話をしていて、ごちゃごちゃしていた自分自身の頭や心が見事に整理されていく不思議な感覚がとても気持ちよく、ずっと話していたいなと感じたことをおぼえています。
私自身、それまで色んな感情や思考を仕舞い込んで蓋をして生きていた部分もありました。
イチさんがそこを解放して過去を整理する手助けをしてくれたことで、私はすごく変わりました。
イチさんは、私が自分を認めて、自分と向き合うきっかけを与えてくれました。
イチさんとの出会いとつながりが未来を変えることにつながったと思っています。
あと、イチさんはとても愛情が大きい人だなと思いました。
家族だけではなく、動物や自然環境、命への共感性がとても高いです。
愛情が強い分、消耗してしまいやすいのが玉に瑕なところでしょうか。
とにかく生物への博愛に関してはすごいです。
そして何より軽やかさです。
軽い男というのとは似て非なる感じ。
新しい考え方や価値観、新しい働き方や生き方、新しい時代や環境を受け入れる柔軟さ。
そういうものがイチさんの持つ軽やかさの実態かなと思います。
つまらないものに縛られない自由さっていいなと思いました。
他にも、育った環境や過去に折り合いをつけて今を生きているところ。
物怖じしないで、誰にでも自分の意思をはっきり表現できるところ。
肩書におんぶされることなく、でもポジティブに自分を生きているところ。
挙げれば色々と素敵なところはありますがそれはまた追々。
こうしてイチさんは二人の子供の親となり、結婚をしたわけですが、簡単には語りつくせない紆余曲折を経て私たちは家族になったというところです。
みんなそれぞれが、家族になるための試練を乗り越えて今に至ります。
夢と貧困の話
私が夢を持てるようになるまで
保健や医療の道を外れて、料理の道に進むことになったのはイチさんと一緒になってからと書きましたが、実はそれまで料理を仕事にしようなんて思ったことは一度もありませんでした。
私は一生、医療者として働き続けるのだと思っていました。
料理の仕事なんて「私なんか」にできるわけないと思っていたからです。
そんな「私なんか」マインドを変えるきっかけをくれたのがイチさんです。
イチさんはとにかく私の料理をほめてくれました。
私の台所仕事を毎日、認めてくれました。
最初は、お世辞としか思えなかった言葉が、だんだんと素直に受け取れるようになりました。
そこから少しずつ自信が持てるようにもなってきました。
自分と向き合って、自分を認めて、自分を受け入れるという作業も、少しずつやっていきました。
(今でもこれは修行中です。)
そして私は、飲食店で働くことを決めました。
いまは、自分のアトリエとなる食堂をオープンすることが私の夢です。
色んな人に、色んなことを言われました。
でも、人生は一度きり。
人生いつ、何が起こるかわからない。
人は色んなことを言うけど、誰も責任をとってくれるわけではない。
そして人の意見や常識なんて簡単に変わるのだから自分を信じるしかない。
そう思って、私は後悔しないように生きることに決めました。
「儲かるから」とか「誰かのためになるから」とか、そんな理由ではなくて、私が美味しいゴハンを作って食べるのが「好きだから」やる。
死んだとき、あの世に持っていけるのは思い出だけ。
記憶に残る思い出だけをつくりたい。
人間だから、気持ちは揺れ動くことはあるけれど、今はそんなふうに思っています。
貧困について
アトリエについても、色んなことを考えています。
ただ食事をする場所というだけではなく、人と人のつながりが生まれるような場所でありたい。
アトリエをプラットフォームとしておもしろいことを色々とやってみたいというのが今のところのビジョンです。
貧困について最近よく考えるのですが、子ども食堂に類するようなものもいつかやってみたいなと思ったりしています。
貧困といえば、「お金」の問題と思われがちですよね。
でも私が実はお金の問題よりもこわいんじゃないかなと思っているのが、「つながり」の貧困。
私はイチさんや他のいろんな人たちとの出会いのなかで、自信や希望を持つことができたけれど、皆が皆つながりに恵まれるわけではないですよね。
サードプレイスというのが大人にとってもとても大切という話も最近よく耳にしますよね。
子供の頃の私にも、もっとこんなつながりを与えてあげたかった。
子供の自信や希望は、自分を肯定し受け入れてくれる大人とのつながりの土台がなければなかなか育むことが難しいよなと思ったりもします。
貧困は連鎖しやすいというのは、土台の問題もありそうな気がしています。
自己肯定力と呼ばれたりする能力。
生涯にわたって本当に大切だと思います。
とか言いながら、実際は我が家のコドモたちの子育てだけで四苦八苦。
ひとまず私は、我が家のコドモたちには、そういう自信を持てるような魔法をかけて育ててあげたいと思って頑張っています。
「あなたはあなたのままで、ほんとうにすばらしい。」
その感覚さえ持って大人になってくれれば、人生がすごく生きやすくなるだろうと思います。
私はそういう感覚を、今からでも自分の身につけられるよう日々修行中です。
また子育てのこともブログに書き綴っていきたいと思っています。
悩み考え試行錯誤している育児の様子を読んでもらえたら嬉しいです。
心と身体のバランスのこと
最後に、心と身体のバランスのことについて。
理想や夢、やりたいことはいっぱいあるのですが、心と身体はひとつだけ。
持病の難病と付き合いながらだったり、側弯した背骨と付き合いながらだったり、思い通りにならない身体と付き合いながらで色々とあるけれども自分のペースで心地よく生きていけたらと毎日過ごしています。
「善きことは、カタツムリの速度で動く。」
ちょっとマハトマ・ガンジーさんの真意とはずれているかもしれないけど、この言葉をよく思い出します。
自分に嘘をつかないで焦らず道を進んでいたら、いつか然るべき場所に行きつくのかなと。
日々色んな事があって、心が揺れたり落ち込んだりすることもあります。
人間だから揺れることがあるのは当然ですが、時を経てまた自分の軸がある真ん中に戻ってこられるように。
これもまだまだ修業中です。
常に時間と心に余白を持つようにしたり、趣味のホロスコープを調べてみたり、あれこれ身体のメンテナンスを試してみたりと、工夫しながら過ごす日々です。
そのあたりの考えていることや試行錯誤していることなども書いていけたらいいなと思っています。
長くなりましたが、最後まで読んで下さりありがとうございます。
これからの「里山の小さな暮らし」もどうぞよろしくお願いします。
ケイコ